「もしもできたらなぁ・・・」

文・絵:ヌ−ロッディーン・ザッリーンケルク

1984年 第1刷

あらすじ

主人公の男の子が、自分の体が「こんなだったらいいのになぁ!」と、さまざまな空想をします。

そしてある夜に自分が思い描いた完璧な体を持つ人間の夢を見ました。
その完璧な体を持つ人間たちは、服や乗り物を作る仕事をしなくてもよくなっていました。
けれども、その世界は平和とはかけ離れたものでした。
自分の気持ちを映す、
おでこの画面のせいで争いが絶えない世の中。
しかも、そのけんかは角や牙を使ったひどいものでした。
人々は、なるべく他人に自分の考えを知られないように、お互いから遠く離れて暮らそうとしていました。
誰もが誰かと関わろうとしない、ものすごく個人的な世界だったのです。
そんな夢を見て「やっぱり人間はこのままがいい!」と悟る主人公に、兄が示唆的な言葉を投げかけます…

雑感 by yume

文字を知らぬ小さな子が、熱心に絵本にかじりついている姿を図書館の絵本コーナーなどでよく見かけます。
理解しているのか?どうなのか?こちらにはまったく解らないのですが、その姿が愛くるしくて、ついつい見つめてしまいます。 今回は、ペルシャ語がまったく解らない私が訳文も読まずにまず「絵」から引き込まれてしまった1冊を紹介します。
もちろん、私が内容も解らず『にやにや』と絵本をめくる姿は、小さな子供と違ってみれたものではありませんが…
そんな「言葉」が解らなくても、勝手な想像力で楽しめてしまう絵本なのです。

とにかく、主人公の男の子の顔がとってもリアル。
水彩画の軽やかな色彩なのに、なんだか顔が濃い…坊主頭に、太い眉毛、どっしりとした鼻。
一見、古きよき日本人の田舎の子供の要素を兼ねそろえているのですが、やっぱりちゃんと異国の子の顔をしているのです!

そんな主人公が、空想をします。 「こんなんだったら、いいのになぁ…」と。
「足が変幻自在にに変わったら、どんなに速くて疲れたりもせずに便利だろうなぁ…」 主人公の男の子の足が、タイヤに変形したり、スキーボードに変形した絵が描かれています…

どんどん、男の子の空想はエスカレートしていきます。
「こんなんだったら、いいのになぁ…」 背中に羽が生えて、遠くまで移動できたり、額にランプがにょきにょき出れば、暗闇でも懐中電灯を持たなくても迷いもしないのに…おでこに自分の考えを映すテレビがあれば、誰が嘘をついているかもわかるし、ついでに録音や録画機能が体についていれば、完璧だ!

頭に触角を持ち、けんかに負けないよう角や牙が出て、背中には羽が生え、皮膚は洋服を着なくてすむように猫や魚やサイのようになり、寝床用のヤドカリのような貝殻も備え付け、足はタイヤにもスキー板にもなるという、とにかくたくさんの昆虫や生き物たちの素晴らしい機能性を備えた改造人間になってしまうのです!

その姿といったら、ほんのちょっぴりグロテスクで、またそれがそそられるのです…


なにより面白いのが、主人公の体自体がいろいろ変化する所です。
「速いドライバーになりたい!」とか、「空を飛びたいからパイロットになりたい!」とか、主人公は「職業」として自分のなりたいものをとらえるのではなく、「機能」としての憧れを抱くのです。
ある意味、生物の完成型?とも言われている人間そのものを否定しているともいえるのです。

そして、同等に人間以外にもその素晴らしき「機能」に目を向け憧れを抱いているのです。 そういえば、小さな頃はよく、鳥や蝶は、羽を持っていて空を飛べてすごいなぁなんて純粋に思っていましたものね。

そんな主人公の純粋な想いは、何よりそんな完璧な姿だったら、何不自由なく、みんなが幸せに暮らせるんだという想いからの想像の世界でした。

そして、ある夜、主人公が想い描いた完璧な「改造人間」ばかりの世界の夢をみます。

誰もが特殊な機能をもち、何も自分たちで創りださなくとも生きていける夢のような世界のはずでした…
ところが、夢の中のその世界は争いの絶えない疑心暗鬼の世界で、誰もが自分を守る為に人と関わりを持たない世界になっていたのです。

そんな夢をみて、主人公の男の子は、お兄ちゃんに「やっぱり、人間はこのままがいい!」と、言います。
お兄ちゃんは、なんでもわかっているように「そうさ、人間は、翼や角や貝を持つ動物にないものを持っている。それでもって、必要な道具を作っているんだな。で、その何かお前わかるか?」と、示唆的な言葉を言い放ち、この絵本は終わっています。

絵だけでも充分に楽しめる絵本ですが、最後のこの一節でググっと違った面 白さが加わります。
何不自由のない体を得たところで、人間は幸せには暮らせない…
人間の「こうだったらいいのにな…」と、いう想いは、素晴らしい想像力を持って、この持ち得た身体を基本に 自分に足りないものを道具を使って創造し、快適な生活の営みを送っているのですね。

とんでもなくユニークな主人公の想像力から、こんなシンプルで道徳的な示唆を引きだしてくる絵本も、とても面 白い人間の叡智だと感じてしまいます…

 

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